
『男尊女子』には、昭和時代に「男は女に奢るべき」と考えられていた理由として ・一般的に、男性の方が女性よりも経済力があるから ・一般的に、男性が女性を庇護すべきとされているから を挙げ、次のように続けています。
"さらにもう一つ、「男が奢る理由」として考えられるのは ・デートの先に待っているかもしれない、性行為への対価として というものではないでしょうか"
愚仙人、これを読んでたまげましたな。 愚仙人には全くなかった発想だからでございます。
そういえば、確か吉行淳之介だったかと記憶しますが、 「女性が食事に応じたら、全てを期待してよい。 女性は、肉体関係をもってよいと思わないような男性とは食事を共にしないものだ」 という風なことを書いていたのを思い出しました。
その時は、 「まさか、そんなことはあるまい」 と思っていましたが、なるほど、女性の側が、食事を奢られることにOKした時点で、「この先に性行為が待っているかもしれない」という認識があったとすれば、吉行氏の言ったことも納得できますな。
『男尊女子』には、「アッシー」「メッシー」「ミツグ君」についても言及されていました。 そして、
"しかし男性に金品もしくは時間、労力などを提供させることによって、女性は確実に何かを「負う」、英語で言うなら「owe」立場となっていたのです"
と述べています。 愚仙人(を脳内に宿すR氏)が昭和時代にデートした関西の女性たちが、割り勘を主張したのは、R氏の友人が言ったように 「ヘンな借りを作りたくないから」 なんでしょうな。
でも、女性の中には、男性に金品もしくは時間、労力などを提供させても、負い目を感じない人たちもいるのではないですかな。
"女は、愛していない男に対しては、いくらでも厚かましくなれる"
と申しますから。
(つづく) |
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