
『男尊女子』、「はじめに」につづくのは「1 小さな女子マネ」でございます。
小中高と女子のみの学校で過ごし、女性差別を実感することがなかった、筆者の酒井順子さん。
大学生になって共学を体験し、彼女と同じような女子高出身者達が、大学で嬉々としてアメフト部やラグビー部のマネージャーになっている姿を見て、驚いたといいます。
"尻尾を振って男の汚れ物を洗濯するとは、どういう感覚なのか……"
"私はこの時初めて、世の中には「男尊女子」という人達がいることを知りました。「女は男を立てるもの。女は男を助けるもの」という感覚を持ち、そこに生きがいを感じる女子が案外身近に、それも女子校出身者の中に大量に存在したことは、大きな衝撃だったものです"(『男尊女子』p25)
ところが、やがて筆者は、彼女自身の心性(メンタリティー)に、嬉々として女子マネを務めていた女性たちと同じような、「男尊女子」が巣くっていることに気づきます。
"私は、自分の中にも「男尊女子」が存在することを知りました。女子マネに「チッ」とか思いつつも、小さな女子マネを、精神の中で飼っていたのです"(『男尊女子』p28)
男女平等、男女共同参画を目指す社会の中で、水面下に潜った男尊女卑意識を、ほじくり出して顕在化させようという試みが、本書全体を流れるテーマです。
つまり、「男女平等」と、頭ではわかっていても、女性が、男尊女卑的なメンタリティーを抱いてしまうのは、一体どうしてなんでしょうね、という問題です。
愚仙人、その理由の一つは、女性の多くがマゾだからではないかと思います。
この『男尊女子』という本は、そこのところをきちんと見据えていないように思われてなりません。 「16 服従」でサドマゾヒズムについても触れられてはいるが、突っ込みが甘いように思われるのでございます。
では、女性の多くがマゾヒストなのは、女性の性が本来持っているものなのでしょうか?
それとも、男尊女卑な社会が生み出した、文化的な産物に過ぎないのでしょうか?
といったことについても、考えてみたいと思います。
(つづく)
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