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...... 2025年10月22日 の日記 ......
■ 「沼正三と天野哲夫」批評(3)   [ NO. 2025102201-1 ]
論文
「沼正三と天野哲夫 ある覆面作家の素顔をめぐって」
は、和光大学サイトの下記ページからダウンロードできます。

https://wako.repo.nii.ac.jp/records/1496

論文冒頭の【要旨】には以下のように記されております(原論文に適宜段落を設けました)。

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本論は『家畜人ヤプー』の作者であり、その全貌がいまなお明かされていない覆面作家沼正三と、
1970年頃から沼の代理人として活動し、1983年に自身が沼だと名乗り出て以降も、沼との距離を注意深く保ってきた作家、天野哲夫に関するものである。

2008年11月30日に死去した天野が沼の本体だという意見が主流を成す一方、
天野が沼の本体ではないという意見は今日においてもなお支配的である。

しかし、本論は沼の真の正体を考察するものではない。

元来、仮想の人格を持った架空の人物として設定されていた「沼正三」が、何故、現実に存在する一個人であるという前提で語られてきたのかという点を問題にしつつ、

『家畜人ヤプー』の作者の正体をめぐる騒動であった1980年代初頭の「『家畜人ヤプー』事件」を中心に、
沼という覆面作家を巡る議論がどのように展開されたかを論じると共に、

体系的に語られることのなかった天野について、沼としての天野ではなく、沼と対位法を成す存在としての天野を論じていく。
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この【要旨】で、まずもって分からない、
と申しますか、愚仙人には理解できないのは

"元来、仮想の人格を持った架空の人物として設定されていた「沼正三」が、何故、現実に存在する一個人であるという前提で語られてきたのか"

という一文でございます。

「沼正三」が
"元来、仮想の人格を持った架空の人物として設定されていた"
とは、一体いかなる根拠に基づく言説なのでありましょうか?

本来なら、その根拠を示し、

「沼正三」が実在する一個人のペンネームではなく
"元来仮想の人格を持った架空の人物として設定されていた"

ということを証明するのが
本論の役割なのでしょうが、
本論ではその肝心の論拠が記されていない、
と申しますか、愚仙人には見つけられなかったので
ございます。


"何故、現実に存在する一個人であるという前提で語られてきたのか"
につきましても
「沼正三」とは、代理人・天野哲夫氏が
「沼正三の正体は自分也」
として、沼正三名で著作を発表するようになる前までは
「現実に存在する一個人」のペンネームとして
扱われてきておりました。

その「前提」を疑うなら、その根拠を示すべきでしょう。

ところが、本論の中にその根拠が明示されていないのであります。

(つづく)















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