本日は 昨日の「沼正三と天野哲夫」批評(7) につづき 当該論文に見られます 「沼正三のマゾヒズム」への無理解、 と申しますか、 誤った解釈の例を論じたいと思います。
「沼正三と天野哲夫 ある覆面作家の素顔をめぐって」 では
"『家畜人ヤプー』の中核を成す主題であり、 なおかつ沼正三のマゾヒズムを特徴づけるものは 白人崇拝や 日本人としての下降願望(スクビズム)である"
"下降願望(スクビズム)は、 自らを下位の存在に貶めることによって、 相手にサディスティックな支配欲を想起させる"
という具合に、沼の言う「スクビズム」を 「下降願望」と解釈しております。
しかしながら、 『ある夢想家の手帖から』第5巻 第133章 スクビズム を読めば明らかなように、 沼は「下降願望」とは言ってない。 「女性上位」の裏返しとしての
"マゾヒストの「下への衝動」一般を スクビズムというのである"
と述べております。 そしてその諸相として T肉体的下位:女性の馬や椅子になりたい願望
U肉体的下部:女性の足への執着
V観念的下部Å:女性の秘所に奉仕したい願望
W観念的下部B:女体から排泄された汚物への欲望
X観念的下位:社会的に劣った存在への志向
そして沼は「下位願望」という語に 「スクビズム」というルビを当てております。
つまり、 「スクビズム」とは、 「下位願望」であって、「下降願望」ではありません。
「下降願望」は「下位願望」諸類型の一つ 「X観念的下位」に含まれます。
ところが、世間の皆様にはこういうことが理解できない らしい。 もっと言えば、 沼が第一に挙げている、 (そして弊サイトの主要テーマである)
「女性の馬になりたい、椅子になりたい」
という願望を軽視し、 それよりも分かりやすい、 「社会的な上下関係で 女性の下になること」を志向する、 沼の言う 「X観念的下位」 に限定して「スクビズム」を解釈するので ございます。
「下位願望」ではなく「下降願望」に 「スクビズム」というルビを振る当該論文は そうした世間の皆様の犯しがちな誤謬を示す 典型例と申せましょう。 |
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