近況報告

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...... 2025年10月31日 の日記 ......
■ 「沼正三と天野哲夫」批評(11)     [ NO. 2025103101-1 ]
これまで述べたように、
鈴木真吾氏の
「沼正三と天野哲夫 ある覆面作家の素顔をめぐって」は

「沼正三は仮説人格である」という事実を

「沼正三は現実に存在する一個人ではなく
匿名の集団によって構築された仮設人格である」
と飛躍させ、
「不特定多数の匿名者たちによって行われた
手紙のやりとりの中から沼の博学的知識や
『ヤプー』が生まれた」
との「見解」に基づくものであります。

果たして「沼正三」がそういう属性の仮説人格であるなら
『ヤプー』も『手帖』も複数の「匿名者」による
合作ということになります。

しかしながら、そうした独特の「見解」を持つに至った
思考の過程、ないし、論拠となる事実が
何ら示されておりません。

しかも述べられている事実の中には沼や天野に
対する誤った認識に基づくものが散見されます。


つまりは、彼の「見解」は「なんとなくそう思う」
とい「感想」を述べたにすぎず、
およそ「論文」と呼ぶに値する体をなしてない
内容空疎でお粗末な代物なのでございます。

その必然の結果として、当該論文は注目を集めることなく埋もれておりました。

そんなもの、放置しておけばよいのに
なんでわざわざ掘り出して、
当「近況報告」でケチョンケチョンに貶したのか。
その動機には、正直なところ
2つの視点からの「私憤」が含まれております。

【私憤_その1】
当該論文が、かように内容空疎でお粗末な代物である
にもかかわらず、「学術論文」に分類されるが故に
「沼正三 天野哲夫」をキーワードとする検索で
上位に位置し、
一方、弊サイトでの関連ページは、
さすがにこんなへっぽこ作文よりはずっとマシと
自負しておりますのに、
検索結果においてへっぽこ作文の後塵を拝して
おります。
愚仙人には、それが悔しくてならんのです。

【私憤_その2】
著者は、
「『ヤプー』なんてキワモノも見事に論じちゃう
僕ちゃんってスゴイ!」
なんて考えで、当該論文を世に出しました。

なんでそんなことがわかるかというと
彼自身がそんな風に語るのを聞いたからです。

愚仙人には、そのような軽佻浮薄な姿勢で
『ヤプー』や『手帖』や沼正三を語る筆者が
腹立たしくてならんおです。

当該論文を通して、
世人の「沼正三」に対する興味本位の視線を知り、
また、当該論文をして
「沼正三のマゾヒズム」に対する無理解の一例
となし、それを正したかった、
といったことも本音の動機ですが、
上記のような私憤に駆られたこともまた、
本音なのでございます。

おしまい

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